突然ですが問題です。
触覚で立方体と球体を区別できる生まれつきの盲人が開眼したら、視覚のみでその2つの物体を区別できるでしょうか?
当為
実はこの問題、18世紀のイギリスやフランスでたくさんの賢いおじさんたちが議論した「モリヌークス問題」といわれる論争です。
今回はこの「モリヌークス問題」について、イラストを交えて簡単に解説したいと思います。
もくじ
モリヌークスからの手紙
そもそもこの問題を出したのは、ウィリアム・モリヌークスという科学者です。
妻の失明を経験した彼は、尊敬していた哲学者、ジョン・ロックに手紙を書きます。
ではその手紙に書かれていた問題とはどういうものであったか、詳しく見ていきましょう。
手紙に書かれていた問い
生まれつき目の見えない人がいます。
その人が成人し、同じ金属のほぼ同じ大きさの立方体と球体を、触覚で区別することを学び、
それぞれを触れば、どちらが立方体でどちらが球体かを言い当てることができるようになりました。
そのような状態で、テーブルの上に立方体と球体を置き、盲人の目が見えるようになったとします。
ここで問題。
その人は立方体と球体に触れることなく、視覚だけでそれらの区別をし、言い当てることができるでしょうか?
「モリヌークス問題」で問われていること
モリヌークス問題で問われているのは、
立方体や球体など、図形や空間についての概念は経験によって得られるのか?それとも生まれつき備わっているのか?
という哲学史においては非常に伝統的な問題です。
例えば、私たちは三角形△を見ればすぐにそれが「三角形△」であるとわかります。
では私たちはどうしてそれが三角形であるとわかるのでしょうか?
それが三角形であるという判断を下すための基準はどこで得たものなのでしょうか?
生まれた後に様々なことを見聞きして知ったのでしょうか?
それとも生まれつき持っているものなのでしょうか?
「モリヌークス問題」ではこのような「幾何学的概念が先天的なものか、後天的なものであるか」が問われているのです。
さてこの問題について、時の哲学者たちはどのような解答を出したのでしょうか。
ロックの考え
まずはモリヌークスから手紙を受け取った張本人、ロックの解答を見てみましょう。
視覚を未経験ゆえに、立方体と球体を識別できない。
ロック
当為
せっかくだから解説をお願いします。

視覚は、“空間や形や運動を伝える”という触覚にもできることに加え、光や色を伝える”という触覚にできないこともプラスアルファ―で備えておる。
視覚による経験を積んでいない人間は、視覚だけができることを未経験であるがゆえに、蓄積できる知識の量や種類が限られていると思われる。
よって、光や色(視力だけができること)と空間や形や運動を連結することができないのじゃ。
したがって、あらたに視力を得たとしても、ある程度の経験を積まなければ、球体と立方体を区別することはできないという結論にいたるのじゃ。
ロック
当為
ってことは、経験を積めば区別できるようになるんですね。
ライプニッツの考え
幾何学の先天的概念なしに認識はない。
ゆえに、二つの物体を識別できる。
ライプニッツ
当為
- その人が、自分が識別すべき2つの形状の物体がそこにあるのを知っている
- その人が、その2つの物体のどちらかが立方体で、どちらかが球体であることを知っている
そもそも物を識別するための基準は、理性の中に概念としてある。
例えば立方体は、8つの角がある、ということ。
このような概念なしに、盲人が触覚のみによって、あるいは他の人が視覚のみによって、図形や空間を学ぶことはできないのである。
というのも実際、生まれながらの盲人も幾何学を学ぶ能力があり、それらを身につけていることは明白であろう。
それに、麻痺患者やその他の感覚が機能しない人も、触覚を用いず視覚のみで幾何学を学ぶ場合があるではないか。
これらの2つの幾何学、つまり盲人の幾何学と麻痺患者のそれは、同じ諸概念に帰属するものであることは間違いない。
よって、そのような概念なしにそもそも図形や空間を認識することはできないのだから、盲人や麻痺患者がそれをできている以上、幾何学の概念は先天的にあるのだ。
したがって、盲人は2つの物体を識別できるのである。
当為
バークリーの考え
対応する言語を持たないがゆえに、2つの物体を識別できない。
バークリー
当為
バークリー

その人は、今までそれら物体を触ることでそのものだと知覚し、それら物体に「立方体」「球体」などの名前を与えていました。
ところが視覚には、固性や突起などのいかなる抵抗もありません。
つまり、その人にとって視覚から得た情報というのは、すべて新しい知覚であり、彼の中にそのような知覚に当てはまる名前は存在しないのです。
そのようなことから、彼は視覚によってとらえた物体を、触覚によって作られた観念に対して用いることに慣れてしまった名前で呼ぶことはないでしょう。
したがって、その人は最初に目を開けて見たとき、「背景と物体の区別すらつかない」というのが、僕の意見です。
当為
3者の考えを整理してみる
3者の考えが出そろったので、整理してみます。
識別 | 理由 | |
---|---|---|
ロック | × | 視力にしかできないことを未経験だから。 |
ライプニッツ | ○ | 幾何学の先天的概念なしに認識はないから。 |
バークリー | × | 対応する言語を持たないから。 |
経験論と合理論
彼らを分類するとすれば、以下のようになります。
物体を識別できないと考えたロックとバークリーは経験論者、ライプニッツは合理論者です。
経験論者は、知識は経験から得るものだと主張し、合理論者は、幾何学的認識は、先天的に持ち得ていると主張します。
つまり、人間は生まれた時はまっさらな状態で、経験を通して様々な知識を得ていくとするのが経験論。
ロックが、人間は生まれた時は白紙(タブラ・ラサ)である。と述べたのは、まさにこのことを表しています。
一方、人間は図形や空間などの幾何学的認識を持って生まれてくるとするのが合理論。
この主張の背景には、人間の知が経験によって得られるとすると、個々人の唯一無二性がなくなってしまうという問題もあります。
ライプニッツで考えれば、彼は「なぜ私は私なのか」という問題意識を持っていて、この世のあらゆるものがモナド(単子)で構成されていると説きながらも、私の唯一性、すなわち魂に相当するような “支配的モナド” についても言及しています。
最後に あなたはどう考えますか?
モリヌークス問題については、科学的見地からすでにおおよその正答が出ています。
しかし正しい答えでなくとも、各々の哲学者の哲学的個性がありあり見て取れるのは、なんともおもしろく興味深いことではないでしょうか。
幸福論(Amazon)でおなじみのアランもこの問いで哲学に目覚めたそうです。
当為
モリヌークス問題の解答が載っている文献
モリヌークス問題の解答だけが集まっている文庫本でもあったらよいのですが、おそらくありません。(もしあったら教えてください。)
そういう訳で、一応これらの解答が載っている本を各一冊ずつ載せておきますが、易しい内容ではない上に、その手の人しか買わないような単行本だったりするので高額な上に品薄です。
もし興味があって読みたいという方は、下記を参考に図書館などで借りて頂くのが良いかと思います。