観想的生活

かんそうてきせいかつ

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戦後ドイツを代表する画家 ヨルク・インメンドルフ(Jörg Immendorff)の生涯。

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こんにちは。当為くま@kannso_tekiです。

いきなりですが、まずはこの絵画をご覧ください。

地下の薄汚れたバーのような場所、左側に見える鉤十字、壁に手を突っ込んだ人。

絵全体から不穏な雰囲気を感じます。


これはドイツの画家、ヨルク・インメンドルフが描いた「カフェ ドイツ(Cafe Deutschland)」

ケルンのルートビッヒ美術館でこの絵を見た時、その物語性と社会・政治風刺に惹かれ、自分なりに調べてみたところ、

その作風だけでなく、インメンドルフ自身の2007年に亡くなるまでの生涯も波乱万丈でしたので、ご紹介します。

ヨルク・インメンドルフ(Jörg Immendorff)って?

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Jorg Immendorff - 18 artworks - WikiArt.orgより。

(1945-2007)

戦後ドイツを代表する画家。

名門・デュッセルドルフ クンストアカデミーの出身。

幼少期に両親が離婚

後にこの経験が人生に大きな影響を与えたと自ら語っています。

ギムナジウムを出たあと、インメンドルフはドイツの名門芸術アカデミーであるデュッセルドルフ・クンストアカデミーに進学。

ここでヨーゼフ・ボイスに師事。

インメンドルフのネオダダ的言動はここに端を発すると思われます。

ネオダダって?

1950年代末にアメリカで始まった美術運動。
日常的な事物を取り込み、伝統的な芸術概念に囚われない美術領域の開拓を目指した。




西ドイツ連邦議会を走り回って逮捕。

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ネオダダ的パフォーマンスプロジェクト「LIDL」を開始。

その第一弾として、ドイツ国旗の色である黒・赤・金に塗った角材を脚にくくりつけて西ドイツ連邦議会走り回りました。

この件で警察に逮捕され、彼の名は一躍ドイツ国内に知れ渡ることになります。

このようなネオダダ的行動が災いして、逮捕の翌年にはクンストアカデミーを退学になってしまいます。

しかし1996年には同アカデミーの教授に就任。再び戻ってくることになりました。

売春婦と薬物スキャンダル

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2003年、インメンドルフが数人の売春婦と泊まったホテルのスイートルームで、コカインが押収されます。

彼は1990年代にも薬物を使用したことを認める供述をしました。

裁判では他にも同様の乱交パーティーをしたことを告白。

裁判中はアカデミーの教授職を中断しますが、それが終わると復職しました。

晩年は難病ALSに苦しみ、死去。

晩年はALS(筋萎縮性側索硬化症)に悩まされます。

死の1年半前には大学病院に入院。

手足を動かすことも困難となり、呼吸機能も低下します。

2007年5月に61歳亡くなりました。




ヨルク・インメンドルフ(Jörg Immendorff)が描いたのは東西冷戦時代の象徴

最初にも書いた「カフェ ドイツ(Cafe Deutschland)」が彼の最も有名な作品です。

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これは東ドイツの画家との交流の中で生まれた、

ドイツの東西分裂に関わった政治家著名人を描いた歴史絵画。


鉤十字、赤い星、ハンマーと鎌などの政治的象徴

デュッセルドルフのクンストアカデミーで師事したヨーゼフ・ボイスはもちろん、

マルクスレーニン毛沢東などの思想家たちを

劇場、カフェ、美術館集結させています。


ダダイズム的な芸術活動を通じて、ドイツの現実直視し、

芸術社会や政治ありかたを追及してきた彼だからこそ、描ける作品なのでしょう。

まとめ

ヨルク・インメンドルフ芸術と政治の関係を深く考えた、

20世紀を代表するドイツの画家

私生活では自由奔放な一面も見受けられますが、

それでも彼の作品が社会に与えた影響は凄まじく、

戦後ドイツにおける偉大な芸術家であることは確かです。


なかなか彼の作品を日本で見ることはできなくて残念ですが、

機会があればぜひまた見に行きたいと思います。

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最後まで閲覧して頂きありがとうございました。